長野西高等学校中条校

学校案内

副校長より

長野西高等学校中条校 副校長の写真

長野西高等学校中条校のホームページへようこそ

本校は、明治42年創立の西部農学校以来、中条農学校、中条高校としての100余年の「西農魂」の伝統を引き継ぎ、平成21年に長野西高等学校の「地域キャンパス校」として新たに歩み出し、今年で14回目の新入生を迎えました。本校は、その伝統の中で「西山大学」と称されるように、一貫して、地域の教育の支えとして、地域の方々に親しまれてまいりました。

長野西高等学校中条校としての歩みの中でも、中条の豊かな自然の中で、生徒一人一人のペースに合わせた教育活動を心掛けてまいりました。現在は、ベーシックの授業に代表される基礎学力の定着と、自ら課題を発見し、仲間と力を合わせ、地域の方々のご指導を受けながら、その解決に取り組む、粘り強さや根気強さを育むチャレンジの授業を特色の一つとしています。

こうした本校での時間は、生徒にとって新鮮な体験であり、大きなチャンスです。それを支える仲間がいます。職員一同も少人数を活かしたきめ細かな指導、支援を心がけています。小中学生との交流、地域の運動会などのイベントへの参加等、地域交流を通して調和のとれた人間性を培うことができるのも本校の特徴の一つです。

中学生の皆さん、もし、今のあなたに、なりたい自分や、変えたい自分があるのなら、中条校の恵まれた環境の中で、自分の可能性を発見し、仲間とともに育てていきましょう。学校見学はいつでも可能です。

副校長 中村 勝博

校章・校歌

校章

校章

本校美術科前教諭の谷由樹先生によるデザインです。上部は北アルプスをイメージ化して、「崇高な理想を常にもつ生徒たち」という意味を込めていて、下の花は西山地区に古くから植栽されている梅で、「高潔な、澄んだ心で学ぶ生徒たち」を表しています。また、中央のNは、中条のNです。

校歌

作詞 藤園 丸
作曲 井上 武士

雪とことはの 輝きを
千古の嶺に 見る所
ちまた離れて 静寂の
浩気はぐくみ 良き所
朽ちせぬ珠と 智を磨く
霊の揺籃 我が母校

青史につきぬ 信越の
驍将の夢 今いづこ
攏畝に鍬を 杖つきて
歴史の後を 鑑みれば
光栄の地に 生うけて
希望と覇気に 燃ゆる身ぞ

虫倉山下 久方の
光あまねく 照る所
土尻の流れ ささやかに
欅の若芽 熟む所
学びの道に ひたむきの
健児が胸に 誇りあれ

学校徴収金

学校徴収金一覧(このリンクは別タブで開きます)

生徒数

学年別生徒数(単位:人、2026年5月現在)
1学年2学年3学年
12183060

中条校グランドデザイン

長野県長野西高等学校中条校グランドデザイン・3つの方針(このリンクは別タブで開きます)

沿革概要

年別の主な沿革
明治42年合立組合立西部農学校開校
大正9年長野県上水内郡西部農学校と改称
昭和18年長野県に移管し長野県中条農学校と校名変更
昭和28年高等学校となり長野県中条高等学校と校名変更
農業課程6クラス、普通課程3クラス、農村家庭課程(のち家政科)3クラス、定時制課程設置
北小川分校、南小川分校、津和分校、七二会分校開校
昭和32年定時制小川分校と南小川分校を統合し小川分校とする
昭和33年津和分校閉校
昭和34年第9回長野県高校駅伝大会優勝
昭和37年七二会分校閉校
昭和41年文化祭の名称を「西楼祭」とする
生徒会誌「志窓」創刊
昭和42年第1回強歩大会実施
昭和45年小川分校閉校
昭和47年定時制課程廃止
昭和50年農業科閉科
昭和51年家政科閉科
昭和53年女子ホッケー部 インターハイ・やまびこ国体出場
平成9年コース制設置(進学、情報、工芸、福祉ボランティア)
平成20年3コース制に変更(総合進学、工芸、福祉ボランティア)
長野西高等学校をセンター校とする地域キャンパス化が決定
平成21年長野西高等学校中条校開校
平成23年長野県中条高等学校閉校

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